一風変わった興味深い歴史がある“ひだから”たちです。詳しい場所はこちらをご参考ください。

千栄神社

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明治43年、開拓民の心のよりどころとして、自然木を削り小さな社(やしろ)を現在のHOA(北海道アウトドアアドベンチャーズ)のあたりに建てたのが、 千栄神社のはじまりです。
現在の本宮は大正10年の移転の際、宮大工を迎え、住民の総力によって建立された本格的木造社寺建築で、日高地域に現存する最も古い建造物です。
開拓の歴史と、開拓民の心を今に伝える貴重な文化遺産として、平成元年、旧日高町の文化財に指定されました。
現在は高床式の保存施設の中に本宮が保存されています。
まわりをぐるりと桜の木が囲んでおり、春にはキレイなピンク色に染まります。

八田鉱山サンゴの滝と手掘りトンネル

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戦前、三号の沢の上流には八田鉱山のクロム鉱山がありました。
クロムはレアメタルで、戦前は戦車や戦闘機の材料として使われており、この鉱山でもかなりの量が採掘されていたようです。
しかし戦争が終わると需要もなくなり、数年のうちに閉山に追い込まれてしまいました。
この「サンゴの滝」はクロム運搬用の道を川沿いに作るとき、水を迂回させるために山に穴を開けて人工的に掘られた滝です。 さらに上流には運搬路に使っていた手掘りトンネルも残っています。
昭和45年、滝のそばから「サンゴ」の化石が発見されたことから「サンゴの滝」と呼ばれるようになったそうです。

日勝峠

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今や道央と道東を結ぶ物流ルートとなっている日勝峠が開通したのは昭和40年のことです。
日勝道路の調査が行われたのは明治14年なので、開通まで実に85年もかかっています。
日勝峠の日高側、源流橋のたもとに開通記念碑が建っています。その記念碑には当時の北海道知事が日高町に寄せた七言絶句が書かれています。
開通記念碑の横から日勝峠の山頂へ向かう砂利道があり、山頂の駐車場付近には湧き水の泉と展望台、トイレ、遊歩道が整備されています。
天気のよい日には、展望台から雄大な十勝平野を一望できます。

坂東秀太郎彰徳碑

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この碑は沙流川電源開発等日高地域の発展に寄与した坂東秀太郎氏の功績を後世に伝えるべく、
昭和33年に建立され、当時の首相が「坂東秀太郎氏彰徳碑」と書いています。
この碑を坂東氏の子孫がご覧になられ、日高総合支所にお礼に来られたこともあります。

チロロの巨石

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日高町千栄(ちさか)地区にある『チロロの巨石』。
開拓団長として十勝に入植した栗林元次郎氏は、昭和5年八紘学園を設立し初代理事長となり、海外の農地開拓に活躍しました。
銘石収集を趣味とし、昭和40年頃から日高山脈の銘石を掘り出すため千栄地区に通い、特にペンケユクトラシナイ沢から200㌧におよぶ巨石を見つけ沢口まで運びましたが、それ以降は運ぶことができず日高町に寄贈されました。
この石は日本一の巨大な結晶片岩として知られています。
※2011年9月の『ひだから便り』に詳しい行き方などが載っています。ご参考ください。